母のおかげで気づいたこと

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今日、大きな気づきがありました。

私は小さい頃、母から
「ひとりでは何もできない子」
「私がいないとダメな子」
「無力な子」

として過保護・過干渉に育ててもらって
結果「お母さんがいないと無力な子」に育ちました。

でも、小学校4年生の時の担任の先生に出会ったことにより
「自分は無力じゃなかった。こんなに価値満タンなんだ!」と気づかせてもらい
そこからぐんぐん新しい自分になり、というか本当の自分が表現できるようになり
学級委員になり生徒会に入り、中学・高校・大学と表舞台に立ち
社会に出て教員になり

結婚し
離婚し
再婚し

今があります。

私はそんな自分と母のことを考える時
「私は母に認められたかったんだな」
「ダメだしをせず、褒めてほしかったんだな」
「ありのままの私を愛してほしかったんだな」
っていつも思っていました。

そう、最近まで。

でも今日気づいたんです。

私はただ、母に「私を信じて見守って欲しかったんだ」
ということに。

私を「優秀な子」として認めてもらうのではなく
「褒めてもらう」ことでもなく
「がんばったねと言われる」ことでもなく

ただ信頼して「見ていてほしかった」

それだけなんだ。

母からコントロールされるのが死ぬほどイヤで
母の気にいるように良い子でいることが苦しくて

「私を認めて!」「私を褒めて」「私だっていいところいっぱいあるのにー」
って心の中でいつもいつも叫んできたけど

違う・・・

「何をやってもOK」って信頼しながら
見ていてほしかったんだ。

「認めてもらう」ことと「ただ見ていてくれる」ことは
何が違うの?っていうような些細な違いなのかもしれないけど

私にとってはすごい気づきでした。

人は生きているだけで価値満タンなんだ。

それに気づくために母がいてくれたんだ。

それが腑に落ちた今日。12月20日土曜日。

腑に落ちたとたん、
電車に乗っていても混み混みの駅を歩いていても
人々を見ている自分の目が違うのがわかりました。

人生を観る目が変化したのがわかりました。

今までの私は悩んでいる人を
「助けてあげたい」
「何とかしてあげたい」
そういう目で見ていました。

これって私が一番「されてイヤなこと」だったのに。

信じる。期待ではなく信じること。

世の中が違って見えます。

今日は新しい私の誕生日です。

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Anastasia

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7,000人以上の生徒・保護者と熱く生きたもと中学校教諭。 今まで思いえがいたことは100%現実化している。 プロフィールはこちら
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