すべての問題は親子関係から(1)

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私は母のことが非常に苦手な期間がありました。

苦手…と書いたのは

大嫌いなんだけど大好きだから。

乳幼児期はとても甘やかされて育ち

立っていたら母と祖母が着替えさせてくれるし

近所の家よりお金があって豊かな暮らしをしていました。

それが

小学校に入学してからは

甘やかされて育った私があまりにもトロいので

負けん氣が強い母はガマンできなかったらしく

いきなり厳しいトレーニングが始まりました。

毎日毎日、泣きながら勉強をやって

ピアノをやって

夜は解けない問題があると責められて

泣きながら問題集を解いていました。

その時のシーン・・・・・

問題集の紙の上に自分の涙がぼとぼと落ちて

それを見て

子どもなのに「私はなんてかわいそう」と

悲しみを自分で高めていたのを覚えています。

小学校1年生の時の担任は

母と同じタイプのヒステリックな女性の先生。

私は家でも学校でも怒られて

どんどん自分の中にこもっていきました。

(その頃の友達は「本」この頃から自然に速読ができるようになりました)

私は爪を噛むことが辞められず

皮まで噛んで赤く剥けたようになっていました。

後からインターネットで知ったのですが

「親指を噛む」というのは親に対する攻撃だそうで…

「なるほど!」と思ったのを覚えています。

小学校4年生になると

新採用で美人の女の先生が担任になり

その先生が私の良いところを伸ばしてくれたおかげで

私はどんどん生き生き過ごせるようになりました。

ダメなところばっかり書かれていた通信簿が

良いところがびっしり書かれた通信簿になり

成績もぐんぐん上がりました。

書や絵や作文が毎年展覧会に出たり

クラスの人気者3人に選ばれたり

学級委員を卒業まで務めたり

担任の先生が趣味で制作した映画の主役になり

賞をいただいたこともありました。

そして中学校・高校

相変わらず母は成績のことに厳しくて

みんなが遊びに出かけても私だけ行けなかったり

私だけ夜には帰宅しなければなりませんでした。

次の日に友達が「あれ楽しかったね」と盛り上がってるのに

話についていけないことがとても寂しかったです。

また

母は成績のことに厳しくて

2番だった成績が3番に落ちたとき

「3番以内だったら〇〇大学に行けるからいいよね」

と言った私に

「どうしてそれで満足するの!!!!」と激昂し・・・・

めちゃくちゃやられました(╥ω╥`)

その頃は

家でほっとする時間が持てず

外出も制限が多く

お母さんなんて大嫌いと思っていました。

そして

いつも父と母は団結していました。

(私は父も恨んでいたようです)

ずーっと私の批判しかしない母。

抜きんでていないとほめてくれない母。

「私はダメなんだ」

「ありのままでは不十分なんだ」

という信じ込みが積もっていきました。

その信じ込みは恋愛面で現れます。

大学は母から離れるために

「国公立」が受かれば(学費が安いから)家を出られる!!

という光を支えに受験期を乗り越え

第一志望に受かってヽ(*´∀`*)ノ

晴れて家を出ることができました♡

家を出るときに母が「寂しい」と泣いていたのが

とても不思議でした。

私のことキライじゃなかったのかしら?と。

ここから羽の生えた天使(悪魔?)のように

たくさん恋愛をしてきましたが

「ありのままでは不十分」

という信じ込みを持っている私の恋愛は

ダメダメでした( ;∀;)

つづく

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むかい ゆか
5,000人以上の生徒・保護者と熱く生きたもと中学校教諭。 自己宙(世界はすべて自分が創っていること)に気づいてからは思ったことが100%現実化している。 プロフィールはこちら
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