母との境界線

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お盆で帰省してました。

母親とは一緒に住んでいた時に「共依存」の関係で

そのおかげで私は人の心や人生についての勉強に没頭したわけです。

今思うと・・・・

なぜ、自分は自立できないと思っていたんだろう



なぜ自分の力を信じられなかったんだろう



なぜ実家から出ることは「死」を意味していると思っていたんだろう

と、過去の自分を違う人のように見ています。

逃げるように実家を出て、3年が経ちますが

年に2回、実家に帰ることができるようになりました。

母も私が家を出たことで変わったな・・・・・・・・

そう思っていたのです。・・・・・・・・が

・・・・・・・が

今回の帰省でそれは勘違いだとわかりました。

それとともに、

まだまだ私の中に分離感があることも身に染みたのです。

「自分を守らねばならない」とエゴがわーわー騒いでいました。

おいおいおい・・・・・・と私は思いました。

↑まぁ、こういうふうに離れて見れるようになっているので

 そこは、以前の私では無いのですけど(笑)

具体的に話すと

私は帰省中に会いたい人に会いにいきました。

お昼から夕方まで出かけていたのですが

帰宅したら母の機嫌が良くないのです。

(いや、自分がそう見ようとしているのです)

そして母は言いました。

「あんたは一度出て行ったら鉄砲玉みたいなんだから」と。

この感じ・・・懐かしいような痛いような・・・・

私は子どもの頃から長時間遊びに行くことが許されませんでした。

ピアノや勉強を決められた時間、やることが理由だったり

「遊んだら受験に落ちる」が理由だったり・・・

結婚して子どもができたら次の理由は

「母親が遊びに出てはならない」だったり

「自分のことより家庭を優先しなければ母親失格」だったり

「休みの日は良き家庭人として過ごす」だったりして

それをやぶったら母にひどく怒られました
(もう成人しているのにね・・・)

どうしてもやりたいことがあったり楽しみたいことがあっても

嘘をつくか・・・

1次会だけ参加して車を飛ばして帰るという選択しかない。

と思っていました。

○○しなければならない

で、がんじがらめでした。

それが共依存によるものだとわかったのは5年ほど前です。

他にも書ききれないほどのドラマを創りだしてきたのですが省略。

そこから立ちあがって、死ぬ覚悟で(本当に死を覚悟するほどだったのです)

行動しました。

とにかく行動しました。

そして実家を離れて一番強く感じたのが

「私、呼吸してる」

でした。

普通に息が吸えるって、こんなに気持ちいいんだ

と思いました。

そんなことを経て今があるのですが

今回の帰省で私が友達に会って帰ってきた時の

あの母の雰囲気や言葉・・・・・・

自分のみぞおちがキュっとなり、心臓がドキドキする感覚・・・・・

まだ、ありました。

体が覚えているのです。

でも、私はそれを自覚しながら感じることができました。

こうやって自分を「他人事」のように見る。

わーわー騒いでいるのはエゴです。

私は再度、母との境界線を意識しました。

その後、ベッドの中でフォーカシングをやって

たっぷり体と対話してみました。

以前は泣き叫ぶような感じだったのですが

今は落ちついた声で話してきます。

私が 「まだあったんだねぇ~~~」と言うと

体が 「あるよあるよ~だってこの間の○○事件もさぁ・・・」

と指摘してくるじゃありませんか!!!

笑っちゃいました。

ホント、やらかしますよね。エゴちゃん(笑)

さーて、

そんな自分を知る手だてのひとつであるワークショップが今週末です。

昨日、参加者に宿題も出しましたので(教師っぽいね w )

みっちりやっていきましょう。

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むかい ゆか
5,000人以上の生徒・保護者と熱く生きたもと中学校教諭。 自己宙(世界はすべて自分が創っていること)に気づいてからは思ったことが100%現実化している。 プロフィールはこちら
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